トラックドライバーをしていた父から聞いた心霊話。父は若い頃、全国区の長距離ドライバーをしていた。どうもドライバーという職業はトラックにしろタクシーにしろ何かと不思議な体験をする機会が多いらしい。
父の話によると、北海道の東端、海のそばに建ついわゆる古い番小屋での出来事だそうだ。
その地方で言う番小屋とは、漁師さんが持ち回りで海の見張り番をするために建てられた小屋のこと。
その小屋の持ち主が全国各地から集まるドライバーさん達へのために休憩室と寝場所として小屋そのものを開放してくれた。年期の入った約20畳ほどのシンプルな和室が一室のみ。
押し入れには布団がたくさんあるので各自自由に敷いて休憩をとって良いとのこと。その時は10人近くとドライバーさんが居たらしい。
夜になると酒好き達は車座になり、珍味を肴に与太話に興じる。
夜も更け、ふと気付けば小屋の外を誰かがぐるぐると回っている足音がする。
窓のそばの砂利を引き摺るような足音。
いつの間にか誰かが立ち小便でも行ったかと放置していたが、やけに耳につく上なかなか音が止まない。
窓から外を伺っても暗闇のみ。それに高波の音と引き摺るような足音だけ。外へ出てみると途端に足音がすっと止む。だんだん薄気味悪くなり、朝も早いので早々に布団を敷き休むことにした。
押し入れを開けるとあちこちから驚きの悲鳴が上がった。
父が振り返って見たものは、押し入れからざんざんと水が溢れ出てきて、みるみる畳に染み込んでいく場面。
弾かれたように水を避け、逃げ惑う面々だが、まじまじと押し入れを見直すと水など一滴もなかった。
ありがちかも知れないが番小屋の持ち主の息子さんが漁師さんをしていたのだが、仕事中に海で溺死したのだそうだ。
父は泊まる前からその事を知っていたので早々に引き上げたとのこと。
普段から幽霊など居ないと豪語する神経の太い父も、怪異を目の当たりにする番小屋より、真夜中の海沿いの森をひとり疾走する事を選んだようだ。
どちらも怖い気がするが父らしい選択ではあると思った心霊話。
(北海道 女性)