最後に会いに来た愛猫
7年も前の話になります。
実家で飼っていたネコ当時19歳、名前はレオ、家族みんなで子猫の時からとても可愛がっていました。
ずっと実家暮らしだった私はレオと過ごす毎日。
仕事から帰ってくると車の音を察知していつも玄関まで迎えに来てくれていました。
そんなレオとお別れしたのは、私が実家を離れ引っ越しをした時でした。
彼との生活が始まったのでした。
母がレオの写真や動画を時々送ってくれたりしました。
また時々でしたが実家に帰った時はうんと可愛がりました。
そして気づけばレオは高齢となっていました。
母からの連絡は、少しずつ老衰を迎えているという事。
なんとも寂しい思いでした。すぐに会いに行かれる距離ではないので、その日の様子はメールが頼りでした。
老衰とわかっているものの、よく遊んだ時期を思い出しては胸が苦しくなりました。
そして、ご飯を口にしなくなったという話。看護師をしている私はなんとなくですが様子がわかりました。
その日、私はお風呂に入っていました。シャンプーをしている時でした。
とても大きく、はっきりとした声でレオが私の耳元で鳴いたのでした。ニャーン!と。
私は急いでお風呂から上がり母に連絡を入れました。
そして母から、さっき、レオが亡くなったよという話を聞くことになりました。
私は今までそのようなことを信じるほうではなかったので、きっとレオが知らせに来てくれたんだなと思いました。
とても不思議な体験でした、今でもはっきりとあの時の鳴き声を覚えています。
(静岡県 女性)
衰弱していた愛猫が歩きだした
15年飼っていた愛猫がいました。
もう大分お年寄りになり、体は痩せて食欲もあまりなく寝たきりになっていました。
それでもなんとか頑張って生きていた【モモコ】が、息を引き取った前夜に起こった不思議な出来事です。
いつものように、【モモコ、頑張れ】と伝えモモコのいる部屋の隣にある居間でウトウトと眠りについてしまいました。
ふと気付くとモモコが居間を歩いていました。
柱にスリスリしながら、私の方を見ていました。
歩けないくらい衰弱し、衰えたはずのモモコが歩いてる姿に驚きました。
自然と驚くよりもなぜか寂しさを覚えました。
もう二度と会えなくなるんだなと、なぜか私には感じました。
私の近くの柱でスリスリしていたモモコは、少しずつ少しずつ私から離れていきいなくなりました。
そのままふと気がつくと朝でした。
昨夜の出来事は夢なのかな?と思いながらも、モモコにおはようを言いに行くと、モモコは息を引き取っていました。
今思うとあれは夢でもなく、あの世に行く前の最後の挨拶だったんだと思います。
【ありがとう、お姉ちゃん、さようなら】そう言っているようにも思える光景で、20年経った今でも忘れられません。
(神奈川県 女性)
深い後悔
こんにちは。今日は昔私が家族に迎えた猫のお話をさせて頂きます。もう20年近く経つお話です。
当時小学一年生の息子が公園に目が開いていない捨て猫がいると私を呼びにきました。
私は心配で見に行きました。
そこで見たのはダンボールに入れられてノミと虫だらけの不衛生な環境の生まれて間もないと思われる目も開いてなく臍の緒も残っている二匹の子猫と言うには小さすぎる命でした。
一匹は瀕死の状態でもう一匹は元気に鳴いていました。
その後二匹を動物病院に連れて行き見てもらい栄養状態がかなり悪いとの事で二匹とも点滴をしていただきましたが一匹は助かりませんでした。
生きていてくれたもう一匹の猫を我が家に迎えいれてマリンと名付けました。
マリンは賢く頭の良い子でおトイレも失敗をした事がなくまた家族に懐っこくみんなマリンが大好きでした。
数年して夫と離婚することになり私と子供は家をでる事になり引越しが落ち着いたらマリンを迎えに行く事を夫とマリンに告げ家を出ました。
引越し先が片付かない状態でマリンには時々夫の留守中に会いに行きました。
といっても鍵がないので郵便受けからですが。とても喜んでいた顔が忘れられません。
数日してなんの気なしに寝ようとしたらマリンの鳴き声がしました。
甘えたような鳴き声とともに一瞬布団に座っていました。
そして姿が消えました。
私はびっくりして夫に電話をしたらその日マリンは車に轢かれて死んだそうです、、、お別れをいいに来てくれたマリン。こんな思いをするなら無理にでも一緒に連れてくれば良かった。
可哀想な思いをさせてしまったと未だに後悔で止みません。
(東京都 女性)